ハーグからアムステルダムに戻ると街は雨模様で、道行く人々は傘や雨具着用で移動しています。 一行は、市街中心部でバスを離れると約2時間の自由行動となります。 雨も止む気配はありませんが、のんびりと食事をしている時間もありません。 今回も朝食の菓子パンをキープしてあったので、バスの移動中にエネルギーを補給します。
同じような運河が張り巡らされているアムステルダムの散策には、地図と勘を頼りに移動していきます。 まずは、基点のムント塔を目印に散策を開始します。 対岸には、長崎のハウステンボスにもあるヨーロッパホテルも目印となりますので、記憶に留めておきます。
小雨の降り続くアムステルダムを跳ね橋を探しながら移動していると、狭い運河に掛かる跳ね橋を見つけました。 てこの原理を利用した簡単な造りに跳ね上がる機会に遭遇できればと期待しましたが、通過する船は背の低い船ばかりです。 当初は、マヘレの跳ね橋を目的に繰り出しましたが、尿意を催してきたので、まずはアムステルダム中央駅に目標を変更します。 東京駅は、このアムステルダム中央駅を参考に設計されたとのことで、どことなく雰囲気が似ています。 添乗員の中村さんから”トイレは1番ホームにあるトイレが有料(50セント)で利用できる”と聞いていたので 写真撮影を済ませると早速1番ホームに行こうとしますが、自動改札が行く手を阻みます。
他の入り口を探して駅の反対側のトイレを目指しますが、再び自動改札が行く手を阻みます。 途方に暮れ誰かに問い合わせようとした時、自動改札を明らかに切符も定期も感知させていない若者が通過していきます。 腹を決めて恐る恐る前足を改札に差し出します。遮断機に入場拒否される場合を想定し内部を覗くだけの素振りをしてみます。 遮断機も下りず無反応の状況に胸をなでおろします。難無くホームへと階段を昇っていき50セントコインを握りしめトイレに入ります。 窓口の担当者は無言でコインを収納し椅子を反転し奥に消えていきます。
困難を克服した喜びと下腹の圧迫感も無くなり再び街の散策を再開します。 1番ホームには、ドイツ高速鉄道車両(ICE 3)とオランダの在来線(IC)が出発の時間を待っています。 ホームを出ると雨も殆ど気にならない霧雨になっています。 ※ ICE(Intercity-Express) 駅まで来た道のりを計量所だった施設まで戻ってきました。 フリーマーケットが開かれていますので覗いていきたいのですが、時間が無いので散策を続けます。 路地には、色彩豊かなミニカーの様な車両が至る所に駐車されています。 ミゼットUを所有していると小型の車両がどうしても気になってしまいます。 長引く撮影を妻に注意されながら再び跳ね橋が続く運河を辿って行き、国立オランダ海洋博物館に辿り着きます。 海洋博物館脇の港には、当時の東インド会社が18世紀頃にアジアに向けた航海で使用していた帆船アムステルダム号が係留展示され雨に晒されています。
集合時間がせまり序々に足取りにも焦りがでてきます。 まだ、マヘレの跳ね橋にも到着していないのに残り時間は15分を切っています。 ようやく手前のブラウ橋に辿り着く頃には残り時間が10分になろうとしています。 マヘレの跳ね橋を写真に収めるとアムステル川沿いに戻るだけですか、雨も次第に強くなり過酷なトライアスロンの様相です。 まずは私が先行してバスに戻り、妻の到着が遅くなる報告の為、小走りで走り出します。 振り返ると疲れて歩いている姿が目に入ります。少し方向音痴なのが気掛かりですが、先を急ぎます。 ようやく集合場所に近づきますが、バスが見当たりません。 既に5分も時間が過ぎているので焦りながら辺りを見回すと、道路脇に居た添乗員の中村さんが寄ってきて ”バスの到着が遅れているので慌てなくても大丈夫です。”とのことで安心して妻を迎えに小走りで戻ります。 足がだるくてこけそうになりましたが、ムント塔に続く橋ですれ違う妻に呼び止められます。 迷子になっているのではと心配していましたが、私の方が迷子になるところでした。
濡れねずみになった2人は、なんとかバスに乗り込むことができました。 濡れた頭をタオルで拭いながら散策した経緯を同行者達に説明します。 笑顔で行程を解説していますが、足はフルマラソンを終えた後の様に重く、雨具の下の衣服も汗で熱を帯びた状態で椅子に背中を付けられない程てす。
自由時間を終えた一行の次の目的地は、アムステルダム国立美術館です。 こちらでは、集団肖像画の大家として有名なレンブラントが描いた世界三大名画のひとつ『夜警』がメインに展示されています。 レンブラントは、それまでの表情に乏しい単調な集団肖像画にドラマ性を与え一躍名声を浴びるようになったとのことです。 こちらも2013年に10年の月日を掛けて大改修工事を終えたとのことで、この絵画の為に設計されたというホールは マウリッツハウス王立美術館と同じく一部屋がレンブラントで占領されています。 二大巨匠の展示と賞されながら、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』と他2作が隣の大広間のコーナーで他の作品に混じって展示されているのが可哀想です。
王立美術館を出るとスーパーマーケットでお土産を購入するメンバーが召集され、ミュージアム広場を移動していきますが、 王立美術館前のミュージアム広場ではミッフィー誕生60周年のイベントが催されています。 日本からも15名がエントリーしていますが、一見で判断して可愛いのが日本の作品で、平均して毒々しいのがオランダの作品と思われますが、如何でしょうか。 (一覧掲載の下段右から遡って15作品が日本人作家です。) キューケンホフのイベントで取り上げられていた没後125年のゴッホの生涯の作品が展示されているファン・ゴッホ美術館がミュージアム広場の横にありますが、 今回はツアー観覧予定には入っていません。ゴッホの作品は、どこにでもあるという印象があるから、まあいいかなと・・・自身を慰めます。
今回の旅行の最後のディナーは、ダム広場の近くにあるシックなレストラン”Haesje Class”にて最後の晩餐となります。 雨が降り続いていますので、バスの車窓左に見える店舗に小走りで駆け込みます。開店前の様で入店待ちの一般客が列をつくっています。 今回は、それぞれのテーブルに別れて談笑しながらのお食事ですが、テーフルごとの盛り上がりの違いに個々の性格を垣間見ることができます。 静かな席の人々に援助の手を差し伸べてあげたくなるほどの格差を感じました。
食事を終えるとホテルに戻るバスに乗り込みます。雨も上がり夕日?が街を照らしています。 時間は、19時30分を過ぎていますが、夏時間のオランダは、まだ明るく夕方の様相です。 ここで添乗員の中村さんから市内散策したかったら自由行動しても良いとの提案がツアーメンバーに問いかけられます。 すかさず妻は、その提案に賛同します。しかし、帰路としてアムステルダム中央駅からスキポール空港まで鉄道で移動し 空港からホテル行きの無料バスに乗車してホテルに戻るという幾つものハードルが待ち構えています。 私は、難色を示して否定しましたが、街の散策に物足りなさを感じているのか、帰路の困難を全く考えていない様です。 口頭で断念するように促しますが、妻の意思は固く妥協するつもりは無い様です。 何度も止めようと言いながらバスを待たせることもできないので、散策中の荷物になる雨具や手荷物を整理して中村さんに預けます。 他のメンバーは、旅疲れなのか最終日ということで空港手荷物の荷造りを考慮し断念したのかバスを降りる方は居ません。
街に出るとまずアムステルダムの中心街というダム広場を目指して進みます。 地図を頼りに徘徊しながらダム広場に辿り着きましたが、中心街というにはあまりにも寂しく、王宮にマダムタッソー蝋人形館前などはひっそりと して観光客らしき人々が写真撮影に興じているだけです。辺りは明るいですが、既に夜時間ですので当然の状況かもしれません。
お土産店にて小物を購入した後は、心残りに感じていたマヘレの跳ね橋へと向かいます。 トラムの軌道に沿って進むと見覚えのあるムント塔に差し掛かりました。ここからは運河沿いに進むだけです。 夕日に照らし出された街並みは昼間の様で、撮影に集中していると一向に目的地には辿り着きません。 本来の言葉の意味であるマヘレ(細い)とは言い難い重厚な木造の跳ね橋は、ここまで見た中では最大の跳ね橋です。 目的を果たして、ここを離れ中央駅に向かうのですが、序々にお腹の調子が怪しくなってきました。 トイレに駆け込みたいのですが、気軽に入れるトイレが周囲には見当たりません。 なんとか昼間に入った中央駅まで持たせようとしますが、次第に足取りは牛歩になっていきます。 中央駅手前まで辿り着くと、もう立ち止まらないと爆発しそうな状況となり写真撮影どころではありません。 やっとのことで東側のトイレに入りましたが、ここには小便器しか設置されていません。 身体障害者用のトイレはありますが、窓口の係員は使用を許可してくれません。 一言”アウトサイド”と言って使用料金を返還してくれますが、既に極限状態で足は内股になっています。 反対側のトイレを探しますが、気持ちは焦るばかりで勘違いして15番ホームの方に行ってしまいました。 1番ホームの反対西側のトイレに辿り着いた時には、極楽の思いで安らぎのひと時を過ごしました。
最後の難関は、切符を購入してホテルに戻ることです。 自動券売機は、字も読めないしルートも判断できないので係員のいるカウンターを探して構内をうろつきます。 カウンターの上にスキポール空港への案内パネルを発見し、パネルを指差し切符の購入はクリアできました。 係員が15番ホームの方向を指差してくれたので進んで行くと発車時刻のパネルが点滅して時間が迫っていることを警告しています。 ホームに駆け上がると軽快なステップで踊っている車掌が切符の提示を促します。 ジャストタイミングで乗り込むと即座に列車の扉が閉まります。間一髪で乗り遅れずに済みました。 乗車中も駆け込み乗車だったので、本当にスキポール空港に着くのか不安でしたが、20分程で無事に到着しました。 今度は、ホテルまでの無料シャトルバス乗り場の捜索です。案内板を頼りに乗り場に着きましたが、さらに乗車するバスを探します。 バス乗り場は、3ブロックに分かれて行き先ごとにナンバーが表示されホテル名が記されています。なんとか帰れそうです。 シャトルバスが到着し、軽薄そうなドライバーに宿泊ホテルを再確認して、バスの最前列に乗車すると発車時間を待ちます。 直線では4km程の距離なのに空港を回避しながらハイウェイを走行すると、他のホテルを経由していくので、 随分遠回りしているようで30分以上掛かってしまいます。 普通に配送していれば20分程度で辿り着きそうですが、ドライバーは、ホテルのロビーに乗車待機者を問い合わせるついでに ホテルから帰宅する従業員の女性をナンパしているので更に時間が掛かります。 挙句の果てにクラウンプラザホテルに着いたのは23時でした。 中村さんは、今日中だったら起きていますと言っていましたが、さすがに寝ているかもしれないので ロビーの内線から予告電話を入れてから部屋に向かいました。 中村さんは、起きていたと言ってくれましたが、跳ねた髪の毛が全てを物語っていました。 ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。 これにて今回の旅行記事を終了します。 長文にお付き合い戴きありがとうございました。
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